作家あ行

赤坂真理/大島梢(画)『太陽の涙』岩波書店

僕らは太陽の涙。 太陽が泣きこぼす、熱いしずくが固まってできた。 僕らの島、そして僕らの体も。 p.7

井上荒野「骨」(『あなたの獣』収録 角川書店)

「女の子にもてたかったら、謎の男になるといいわよ。女って、セックスすれば謎が解けると思っちゃうから」 p.208

井上荒野「声」(『あなたの獣』収録 角川書店)

絶望したのよ、あなたには……。 眠れない夜、耳に響くときと同じように――蛍みたいに僕を囲んでふわふわと浮かび、そのせいで眠れないのだと最初は考えているが、やがて子守歌さながらに、それらこそが僕を眠らせるものとなる――、どの女の声もやさしげだった。…

井上荒野「石」(『あなたの獣』収録 角川書店)

「あなたは、いつも、どこにもいなかった。私が本当に許せなかったのはそのことなのよ。食事をしていても、子供を抱いていても、私の足の爪を切ってくれるときだって、あなたはいなかった。もうずっと前から、気がついていたわ。あなた、私が気がついている…

井上荒野「砂」(『あなたの獣』収録 角川書店)

僕には、少女たちはこの場所に似合っているように感じられた。彼女たちは、この場所の、何かを嵌め込んでみてみてはじめてあきらかになる欠落のような部分に、一人一人がぴったり嵌まり込んでいるような感じがしたのだ。 p.13

打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店

「長い間ってどれくらいですか?」 「たとえばカイトが七十二歳。わたしは八十八歳」 里里菜の声の余韻に、海人は耳をかたむける。拒絶のひびきはない。だが事実上の拒絶だ。そうとしか解釈できない。海人はがっかりする。 「俺まだ二十二歳です」 「あと五…

打海文三『覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪』角川書店 

戦争孤児が見る夢を、佐々木海人も見る。小さな家を建て、消息不明の母を捜し出して、妹と弟を呼びよせて四人で慎ましく暮らすという夢を。八歳のころから見つづけてきたささやかな夢だ。 p.8

麻見和史『真夜中のタランテラ』東京創元社

……あなたもカレンも、ずっと踊り続けていました。でも志摩子さんはあの少女とは違う。カレンは呪われて踊っていたが、あなたは自分の意志で踊っていたんです」 p.299

乾くるみ『カラット探偵事務所の事件簿』1 PHP研究所

「だけど依頼人は、犯人を特定できるだけの情報を自分が持ってないからこそ、ここに調査を依頼しに来るんだよな。情報が足りてたら最初から安楽椅子探偵の出番はないし、かといって足りてなければ探偵も情報不足で推理はできない。考えてみれば矛盾してるよ…

伊坂幸太郎×斉藤和義『絆のはなし』講談社

伊坂 そうですね。斎藤さんがいなくて、その曲が存在しなかったら僕はたぶん、今のような小説家にはなっていないでしょうね。 p.36 言ってしまうと、なんかベタベタで嫌なんですけど、出会いは雨のバス停でした。 斎藤 おお、雨のバス停! p.37 伊坂 そう…

荻原規子『RDG レッドデータガール はじめてのお使い』角川書店

「たしかに、その言葉は現在使われていない。けれども、言葉が消えても関係性は続くんだよ。泉水子には選択権があって、われわれにはない。わきまえろというのはそういう意味だ」 深行は泉水子を指さした。 「これが女神だからとか何とか、そういうトンデモ…

荻原規子『RDG レッドデータガール はじめてのお使い』角川書店

新学期になって日の浅い、四月下旬のことだった。 p.5

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

恋は水色だっけ。いいよね、水色。やっぱり空と海の色だよね。私、これだけは迷わないでいようかな。たくさんの色の中から、自分で選び取った色だもん」 p.87 けど踊りはええぞ。ぜんぜん別の世界をくれる。からっぽな自由があるがよ。それやき――」 「は?…

大崎梢『夏のくじら』文藝春秋

集合の合図を受けて木陰から日向に出た。降り注ぐきつい日差しが、むき出しの腕にあたって痛い。 p.5

恩田陸『きのうの世界』講談社

秘密を守るために。何かを隠し続けるために。 秘密とは不思議なものだ。誰かにとっては秘密でも、別の誰かには秘密でなかったりする。 p.253 「世の中には、掘り返さないほうがいい場所、手を触れないほうがいい場所というのがあるんじゃないでしょうか。こ…

恩田陸『きのうの世界』講談社

もしもあなたが水無月橋を見に行きたいと思うのならば、M駅を出てすぐ、いったんそこで立ち止まることをお薦めする。 p.5

魚住直子「囚われ人」(『ピンクの神様』講談社収録)

小さな世界で生きている人の悩みを、軽蔑する人がいる。もっと大きな世界で体を張って生きていると自負してる者たちだ。その者たちは、閉じられた小さな世界に住む者の悩みなんて、とるにたりないことだと信じている。 でも、と典子は思う。そういう人達だっ…

絲山秋子『ラジ&ピース』講談社

逃げ場を探す必要はなかった。自分が人と違うことがこんなに気持ちがいいと思える瞬間があった。 p.49 「世の中には、狂人と変態以外いません」 p.78 ラジオは発信されるものではなかった。人が集まるところにたまたま野枝がいる、そういうことなのだと野…

絲山秋子『ラジ&ピース』講談社

醜いのは野枝自身だった。いつも自分のことばかり考えていた。パーツが小さい地味な顔、寸胴で足の短い体型、身長が低いこと、冒険が怖くて無地の同系色しか合わせられない服装のセンス。性格はといえば彼女はいつも機嫌が悪かった。そしてそれが露骨に表に…

有川浩『別冊図書館戦争2』アスキー・メディアワークス

「すっご、負けず嫌いにも程があるっていうか!」 「昔の話だ、昔の!」 「それにしたって意外と後先考えないタイプですよね!」 「現在進行形で後先考える技能がないお前にそこまで爆笑される謂れはない!」 p.13(「もしもタイムマシンがあったら」) そ…

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

「どうしてこの市に戻ってくるのか、ということについてだよ。いろんなものを手放してでも、戻ってきてこの市で暮らしたくなるのかもしれない」 「みんな、出て行きたくて出て行ったと思ってたのにね」 「どっちも本当なんだろ、出て行きたくなるのも、戻っ…

岡崎祥久『ctの深い川の町』講談社

これまでわたしの口から出てきた言葉の多くは弁明だったのだ――故郷へ向かう急行列車の中でわたしはそう思った。いや、言葉だけではない。わたしの為すこともまた弁明であった。 p.3

恩田陸「夜明けのガスパール」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

物心ついた頃から、こうしていつも列車に揺られていたような気がする。 いつもいつも、こうして一人で、夜の底を運ばれていたのだ。 眩暈のようなデジャ・ビュを覚えた。次に気付いたら、老人になっているのではないか。レコード会社に勤め、ふわふわ浮き世…

恩田陸「砂丘ピクニック」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

けれど、何かしら異様な感じ、日常の外側から吹き込んだひんやりする隙間風が彼らに恐怖を感じさせたことは明らかだった。 P.218

恩田陸「悪魔を憐れむ歌」(『不連続の世界』収録)幻冬舎

「あなたは常にパッセンジャー。通り過ぎるだけの人間。自分でも分かっているくせに」 P.124

あさのあつこ『金色の野辺に唄う』小学館

人は案外に、多くの秘密や隠し事をしまいこんで一生を終えるのかもしれない。満たされて、思い残すことなど何一つなくて、凪のまま逝ける者なんていないのかもしれない。 p.191〜192

あさのあつこ『金色の野辺に唄う』小学館

廊下の硝子戸から、光が差し込んできました。秋の日差しは柔らかいけど、脚が長いのです。 p.7

伊岡瞬『七月のクリスマスカード』角川書店

「知りたい理由については個人的な事情がからみますが、こちらからお願いしていることなのでお話しします。わたしが育った家庭はあまり愛情に恵まれているとはいえませんでした。母親に殺意を抱いたことも何度かあります。この先、わたしは何を我慢して、何…

伊岡瞬『七月のクリスマスカード』角川書店

夜遅くなって帰ってきた父が、わたしの寝床のそばに座った。 「美緒。もう、寝たか」 p.7

大倉崇裕『聖域』東京創元社

「山と判り合おうなんてしないことです」 松山が言った。 「え?」 「山と人が判り合うなんて、無理なことだと思います。そんなのは、思い上がりじゃないですか」 草庭の心の動きが、松山にはすべて判るらしい。 「人が死ぬのは悲しいことですが、それは、山…