2009

ドナ・ジョー・ナポリ『バウンド−纏足』あかね書房

シンシンは泉のほとりでしゃがんでいた。無言で祈りを捧げている。 p.3

橋本紡『もうすぐ』新潮社

「そうなのよ。難しいのよ。放っておいたら死んじゃうとわかっている小さな命を、見捨てることなんてできないわよ。ただまあ、ここまで厄介だとは想像しなかったけど。猫なんて、放っておいたら、勝手に生きてるもんだと思ったのに」 p.7 「わたしはどちら…

白岩玄『空に唄う』河出書房新社

――熱いとか痛いとか感じないとさ、自分が平坦になっていくような気がするの。 p.104 碕沢さんはぬくもりを確かめるように僕の脚に数秒さわると、なにやら神妙な顔をして、静かに手をもとに戻した。 ――うん。つながってる、って感じ。 p.105 ――なんか、私が…

白岩玄『空に唄う』河出書房新社

天井の染みがななめ左を指している。 p.3

津島佑子「サヨヒメ」(『電気馬』新潮社 収録)

そう。その通り。だれよりもなによりも大切な子どもをいけにえにして、なにかの神に捧げ、このひとりの女はこれから先も生きつづけようとしている。でも、その女もいつかまた、なにかの神のいけにえにされていく。なんの神なのか。時の神。希望の神。女だけ…

津島佑子「雪少女」(『電気馬』新潮社 収録)

冬の雪から生まれる雪女はただなんとなく、人間が恋しくて、人間のそばに近づきたくて、雪の夜、自分に語りかけてくる人間を求めて、さまよいつづけるだけ。 p.17

津島佑子「雪少女」(『電気馬』新潮社 収録)

雪女は、当り前の話だけれど、雪がなければ生まれることができない。それもたっぷりの雪が必要なのだ。 p.16

金原瑞人『翻訳のさじかげん』ポプラ社

そして、古びないものなどなにもない。新しいものもやがて、ありふれたものになり、古いものになっていく。あらゆるものは時間がたてば古びる。もちろん古びても、なお次の時代に通用するものもある。しかし、そういったものが「本当に価値がある」ものであ…

長嶋有『ねたあとに』毎日新聞社

今、我々が皆この世からいなくなったら……。将来ここを発掘し、この卓を発見した考古学者は“分かる”だろうか。 p.32(その一 ケイバ) 不意に昨年のことを思い出す。同じコタツの同じ位置でコモローが放った言葉を。 「俺が寝た後に、皆がものすごく楽しい遊…

長嶋有『ねたあとに』毎日新聞社

久しぶりに豊満な胸というものをみた。 p.5

吉田篤弘『小さな男*静かな声』マガジンハウス

すでに小島さんのもとから離れていた時間の係員が、どこからか音もなくするすると忍び寄り、小さな男の背中を「ついに」と軽く叩いて無表情のまま去っていった。 p.94(「小さな男 #3」より) 「大きな愉しみは時として気紛れだが、ちょっとした愉しみは決…

吉田篤弘『小さな男*静かな声』マガジンハウス

いま、ここにいる小さな男 とは私のことである。 p.6

仁木英之『胡蝶の失くし物 僕僕先生』新潮社

「無数の可能性があちこちに伸びている時の河をあてもなく流れている今が、楽しくて仕方ないんだよ。キミたちと一緒にね」 p.162(「天蚕教主」より)

マイケル・カニンガム『星々の生まれるところ』集英社

死者は機械の中に戻って来る。かれらは人魚が海の底から船乗りに向かって歌うように、生ける者に誘いの歌をうたうのだ。 p.68(「機械の中」より) 一つの感覚が心の中に湧きあがった。血がふつふつと湧き立つような感じだ。一つの波、一つの風がやって来て…

ニール・ゲイマン『アメリカン・ゴッズ』下巻 角川書店

「あなたもわれわれの仲間です」ウェンズデイはいった。「忘れられていて、もう愛されてもいないし、思い出してももらえない。その点ではわれわれと同じだ。どちらの側につくべきかは明らかです」 p.32 小説を読むと、ほかの人間の頭のなかへ、ほかの場所へ…

森谷明子『深山に棲む声』双葉社

それに、どこのものでもない話は、どこの話にもなる。 p.292(「囲炉裏の前で」) 「ねえ、さっきの話は、本当のこと?」 母親はほほ笑んで、首を振った。 「いつも言っているだろう。昔語りを、真に受けるものじゃない、とね。さあ、安心して、もうお眠り…

森谷明子『深山に棲む声』双葉社

「山」へ行ってはいけない。村の子どもたちは物心ついた時から、そう教えられる。「山」へ行ってはいけない。あそこには恐ろしいものが棲んでいる。 p.6(「朱の鏡」より)

ダニロ・キシュ「赤いレーニン切手」(『死者の百科事典』収録)東京創元社

過ぎたことは過ぎたこと。過去は私たちのうちに生きていて、消し去ることなどできません。 p.173 味わいが見事にバラバラの愛と死をテーマにした九つの物語が収録。元ネタが分かっていて読んだのがよりいっそう深く味わえるのだろうけど(作者自らによる作…

ダニロ・キシュ「王と愚者の書」(『死者の百科事典』収録)東京創元社

こうして、ルネッサンスの王子の教育のために書かれた一冊の参考書は――ジョリーの哲学的な輪廻を経てニルスの歪んだ鏡で屈折し――現代の独裁者の手引きとなるのだ。ニルスからの数例とその文章の歴史的な反射は、この文献の影響を物語っている。 p.157〜158

津村記久子『八番筋カウンシル』朝日新聞出版

地元の人間関係に依存するのはろくなもんじゃない、とホカリは言う。 p.47 それは大げさだとしても、ホカリの母親が兄と妹の間に何らかの差をつけていることは確かだ。自分たち兄弟とも少し似ている、とタケヤスは思う。母親は男の子をかわいがる。そして母…

津村記久子『八番筋カウンシル』朝日新聞出版

来そうな町内の人はひととおり来たと思うから、ちょっと休んでてええよ、とホカリが言ったので、タケヤスは弁当を受け取り、関係者用の控え室に入った。 p.3

森絵都「銀座か、あるいは新宿か」(『架空の球を追う』収録)文藝春秋

まがりなりにも三十数年を生きてきた今の私たちは知っている。答えはひとつじゃないことを。結婚に生きても仕事に生きても、子供がいてもいなくても、離婚をしてもしなくても、セックスに愛があろうとなかろうと、そんなことは別段、人間の幸せとは関係がな…

生田紗代「魔女の仕事」(『ぬかるみに注意』収録)講談社

似たような話を聞くたびに、友人が恋人に変わるその瞬間をこの目で見たい、といつも思う。さなぎが蝶に生まれ変わるように、そこに劇的な変化はあるのかないのか。 p.109 私は思春期が終わる頃には、自分の母親を理解しようとする努力をやめた。愛しく不可…

生田紗代「カノジョの飴」(『ぬかるみに注意』収録)講談社

「浮かぶ学校なら、なんだかファンタジーだけど、沈む学校なんて笑えない」 「悲劇だよ。悲しすぎる」 p.67 私は、熊の形をしたビンをしっかりと持って、学校と共に、少しづつ沈んでいく井出さんの姿を想像した。お母さんの思いがこもったビンを片手に、彼…

生田紗代「ぬかるみに注意」(『ぬかるみに注意』収録)講談社

なければ楽だろうと常々思っていたのに、実際生理が来なくなってこれほど動揺するとは自分でも思わなかった。 p.12 テーブルの隅には、歴代の女性社員が置いていった古い少女漫画が積まれている。読みかけの『スケバン刑事』を手に取り、食べながら読んだ。…

夏石鈴子『今日もやっぱり処女でした』角川学芸出版

「だから熟女って三十代から上を全部含んでいるから、豊かな海というわけ」 「海なんですか」 「だって、艶子さんはそう言ったんだもの。しょうがないでしょ」 p.144 人物紹介しただけで終わってしまって、これから物語が始まるんじゃないかという印象を受…

夏石鈴子『今日もやっぱり処女でした』角川学芸出版

しゅぱーっと、乾いた音がして急行・中央林間行きが三軒茶屋で停まった。扉ががーっと開く。もう十時近いというのに、この駅で降りる人はいつも多い。朝も昼も電車は込んでいて、空いている時がない。 p.3

野中柊『恋と恋のあいだ』集英社

「悠ならできるよ。どこへでも行ける。きみは、好きなように生きられるひとだよ」 彼の言葉は、悠の耳に悲しく響いた。今は一緒にいられるけど、いつか、僕たちは離れ離れになるんだよ、と告げられたようで。そして、それはその通りなのだろう。おそらく、覚…

恩田陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』河出書房新社

記憶って本当に不思議だ。一年、二年、三年、四年と順ぐりに収まっているのではなく、まさに「順不同」で四年間があたしの中でひとまとめになっている。 こうして思い出すのも、断片ばかり。 p.21(「第一部 あいつと私」より) そもそもあまりにも平穏で、…

恩田陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』河出書房新社

狭かった。学生時代は狭かった。 広いところに出たはずなのに、なんだかとても窮屈だった。 p.9(「第一部 あいつと私」より)